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大阪高等裁判所 昭和53年(う)974号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人佐々木哲蔵、同後藤貞人連名作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

原判示第一の事実についての控訴趣意第二点について、

論旨は、要するに、原判決は、原判示第一の一及び二記載の野田開治らの営利目的による覚せい剤密輸入の各犯行について被告人にその幇助の罪責を肯定したが、幇助犯成立に必要な幇助意思とは幇助者が正犯の特定の犯罪の実行行為を表象してこれを幇助する意思をいうのであるから、幇助者が正犯の具体的な犯罪計画の少なくともその大要を認識していることを要するものと解すべきところ、被告人は原判示のように野田開治から現金を渡されてこれを銀行保証小切手にすることの依頼を受けた際、同人から単に二、五〇〇万円を保証小切手に換えて欲しいといわれただけで、次回の覚せい剤輸入の計画につきその概要すら聞いていなかつたものであつて、右保証小切手が右野田らによつて将来密輸入の資金として使用されるであろうことは想像することができたけれども、それ以上に右覚せい剤密輸入の犯行の具体的計画、すなわち覚せい剤の仕入先、購入量や密輸入のルート、実行者等の一切は知らなかつたものであるから、被告人には幇助意思があつたということはできないのに、これを認めた原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認ないし法令の解釈適用の誤りがある、というのである。

しかしながら、原判決挙示の関係証拠によれば、原判示第一の事実は被告人の幇助意思の点をも含めて優に肯認することができ、所論にかんがみ記録並びに証拠物を精査し当審における事実の取調の結果を併せて検討しても、原判決には所論のような誤りの点は存しない。

すなわち右関係証拠ことに証人野田開治の原審証言(第二〇回公判)及び被告人の検察官に対する昭和五〇年二月八日付供述調書、司法警察員に対する同年一月二〇日付供述調書謄本によれば、被告人は昭和四八年一一月ころから他の者と共謀のうえ、営利の目的で韓国で覚せい剤を仕入れてこれを航空機で国内に運び込み密輸入していたが、同四九年六月ころからは原判示正犯者である野田開治、中林数教、桝矢顕文、前田公生、溝口弘、川崎秋彦らと共謀のうえ、右野田、中林、桝矢らと共に渡韓して仕入れた覚せい剤の密輸入を行い、同月中旬ころ以降被告人が渡韓することをやめた後も、右野田が中林、桝矢らと共に引続き渡韓して、同年七月一日から同年八月一五日までの間四回にわたり覚せい剤の密輸入をした際、その覚せい剤仕入資金の一部を前渡しこれに相当する覚せい剤の配分を得たり、その輸入してきた覚せい剤を野田の依頼を受けて売却したり、或いは自ら譲り受けて転売したりして、同人らと密接に接触を保つていたものであつて、同年八月二一日ころ右野田から銀行に仮空人名義の普通預金口座の開設を依頼された際、韓国における同人らの覚せい剤の仕入先(朴正益)が、覚せい剤代金の韓国への持込を銀行保証小切手でしてほしいと希望している旨を聞いていたところから、同年九月二日原判示のとおり野田から二、五〇〇万円を銀行保証小切手にしてくるように依頼されるや、右野田が近日中に前記中林、桝矢らと共に渡韓し右保証小切手で覚せい剤を仕入れ、これを携帯荷物に隠匿して航空機により日本に運び込み、営利目的による密輸入の犯行をするものであることを認識し、これに協力して右犯行を容易ならしめると共に、自らも同人らから密輸入にかかる覚せい剤の一部を譲り受け転売して利得する意図のもとに、原判示のとおり銀行保証小切手の発行を得てこれを野田に交付したものであることが認められる。そして幇助成立に必要な幇助意思があるというためには、幇助者に正犯の特定の犯罪の実行行為、本件についていえば、営利目的による覚せい剤の密輸入の実行行為を表象してこれを幇助する意思を要することは所論のとおりであるけれども、更に所論のように正犯の犯罪計画の具体的内容である韓国における覚せい剤の仕入先、購人量等の詳細を遂一認識することまでは要しないものと解するのが相当であるところ、前記認定事実によれば被告人に右の幇助意思が存したことは明らかである。論旨は理由がない。

原判示第一の事実についての控訴趣意第一点について、

論旨は、要するに、幇助犯の罪数は正犯の罪数に従うべきではなく、幇助犯の行為自体を標準として決定すべきものであるところ、原判示第一記載の被告人の幇助行為は一個であり、しかも本件の場合正犯が被告人の全く関知しない事情により、たまたま同記載の如く昭和四九年九月一三日と同月一四日の二回にわたり各別に覚せい剤を密輸入したために、正犯の罪数が二個となつたものであるから、被告人の本件所為は本来一罪として処断されるべきであるのに、二個の幇助犯を構成しそれらが併合罪の関係に立つものとして関係法条を適用した原判決は法令の解釈適用を誤つたものであり、右誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

よつて検討するのに、原判決書の原判示第一記載の判示部分とこれに対する法令の適用欄の記載をみると、原判決は被告人の原判示第一の所為が二個の幇助犯を構成し、これらが併合罪の関係に立つものとして処断していることは所論のとおりである。

しかしながら、幇助犯の罪は正犯の罪に随伴して成立するものであるから、幇助犯の罪数は正犯の罪数に従うべきものであり、幇助行為が一回か数回かは幇助犯の罪数を左右するものではないと解するのが相当(大審院大正二年四月一七日、昭和七年五月三〇日、昭和一五年一〇月二一日各判決参照)であつて、このことは所論のように正犯が被告人の関知しない事情によつて、たまたま二回にわけて覚せい剤を各別に密輸入したため、右正犯の各密輸入の行為が併合罪として処断される関係になつた場合においても異なるところはないから、原判決が被告人の原判示第一の行為を二個の幇助犯と構成し、それらが併合罪の関係に立つものとして処断したのは正当であつて、原判決には所論のような法令解釈適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。

原判示第二の事実についての控訴趣意第二点について、

論旨は、要するに、原判決は原判示第二の事実につき、原審弁護人が原審証人野田開治の原審証言による限りは本件の犯行日は昭和四九年九月二二日でしかあり得ないと主張し、右主張を前提として、被告人は同日の午後七時ころ原判示覚せい剤の譲受場所であるホテルプラザにはいなかつたこと、被告人は同月二三日午前零時ころ岬公園における今城光男との覚せい剤の取引には和歌山県湯浅町の自宅から赴いており、この事実とその前日の二二日午後七時ころ被告人がホテルプラザにいた事実とは両立し得ないものである旨、いわゆるアリバイを主張したのに対し、(一)本件犯行の日は昭和四九年九月二二日でしかあり得ないとの主張は採用できないとし、(二)本件犯行日時は同月一九日から同月二二日までの間である、(三)被告人は同月二三日午前零時ころの岬公園での取引には和歌山県湯浅から赴いたとの主張については一応理由があるが、ホテルプラザから一旦湯浅に帰りそれから岬公園に出かけることは可能である、等の理由で原審弁護人の主張を排斥したが、原判決の右理由によれば、本件犯行日についての弁護人の主張を消極的に排斥するだけで、右九月一九日から同月二二日までの間のいかなる日に本件犯行がなされる可能性があつたのかについて何ら検討判断を加えず、更に被告人が今城との覚せい剤の取引のため岬公園に赴いた日時と本件犯行の日時との関係についても明らかな判断をしないまま、原判示第二の事実を積極的に認定したものであるから、原判決には理由不備ないしは理由にくいちがいがある、というのである。

しかしながら、原判決書によれば、原判決はその検察官および弁護人の主張に対する判断二、3において、「原判示第二の犯行前の昭和四九年七月三〇日ころから同年九月一八日ころまでの間、被告人が数回にわたり野田から覚せい剤を譲り受けてこれを中野昭吉に譲り渡した状況を検討すれば、被告人が同年九月二三日の午前零時ころ今城に譲り渡した覚せい剤約二〇〇グラムは、少なくとも九月一九日ころ以降九月二二日に中野に覚せい剤の処分方を依頼した時点までの間に野田より入手したものであることの帰結をも導きうるのである、」としたうえで、被告人が岬公園で今城に譲渡した覚せい剤は同年八月末か同年九月初に中野から預つたもので、原判示のように野田から譲渡を受けたものではないという被告人の弁解を排斥したものであつて、同判断二、4において、右弁護人のアリバイの主張に対し、「当時被告人は自動車を利用していたもので、ホテルプラザより一旦湯浅の自宅に帰りあらためて「ドライブイン岬」に赴くことも時間的に十分可能であるのみならず、弁護人がアリバイの主張の前提としてのべる、野田証言によれば本件犯行日時は九月二二日しかあり得ないとの主張は、本件犯行日を右の日に限定して述べる野田証言は日時に関する限りそのまま信用できないから採用できない」と説示して、アリバイの主張を斥け、更に木村証言や今城調書によれば、被告人の取得日時は右今城への譲渡日時とかなり接着したものであることが窺われると説示したうえで、本件の犯行日時を九月二二日ころの午後七時ころ、犯行場所をホテルプラザ一〇二九号室とする原判示第二の事実を認定したものであつて、右事実認定の根拠を十分説示していることが認められるから、原判決には所論のような理由不備や理由のくいちがいは存しないから、論旨は理由がない。

原判示第二の事実についての控訴趣意第一点について、

論旨は、要するに、被告人は原判示第二の日時場所において、野田開治から覚せい剤約二〇〇グラムを譲り受けたことがないといつて事実誤認を主張するのである。

しかしながら、所論にかんがみ記録並びに証拠物を精査し、当審における事実の取調の結果を併せて検討するのに、原判決挙示の関係証拠によれば原判示第二の事実は優に肯認することができ、原判決には所論のような誤りの点は存しない。

すなわち右関係証拠によれば、野田開治はその共犯者中林数教、同桝矢顕文らと共に、昭和四九年九月一三日ころ及び翌一四日ころの二回にわたり、韓国から本邦内に持込み輸入した覚せい剤粉末合計約三キロ五〇〇グラムの内約二キロ五〇〇グラムを和歌山の共犯者溝口弘らに配分して引渡していたところ、同月一九日ころ同人から右配分の覚せい剤粉末中約四九〇グラムの返還を受け、そのうち約二九〇グラムを名古屋市の木村某に売却したが、残りの約二〇〇グラムの処分ができないまま、次いで覚せい剤密輸入のために渡韓する日も迫つて来たので、これを被告人に依頼して早急に売却換金させようと考え、同月二二日ころ電話で連絡して被告人を自己が宿泊していた原判示ホテルプラザに呼びよせたこと、被告人は野田に呼ばれてその日の午後七時ころ同ホテルに赴き、一〇二九号室において同人から「覚せい剤二〇〇グラムが残つているが二四日に渡韓するから急いで売り捌いてほしい」といわれ覚せい剤の換金方の依頼を受けて、右野田に協力すると共に自らもその転売により利得する目的で、右覚せい剤粉末(二袋)約二〇〇グラムを従来どおり一グラム一万六、〇〇〇円の割合による代金三二〇万円の約束で譲り受けたことが認められ、さらに前記関係証拠のほか原審で取調べた今城光男、井上照子の各検察官に対する供述調書謄本によると、被告人は野田から譲り受けた右覚せい剤粉末約二〇〇グラムを早急に処分換金すべく、従前からの処分先にしていた和歌山市の中野昭吉方にその旨電話で連絡した結果、同人に一グラム一万八、〇〇〇円の割合で譲り渡すことにして、同人または同人の内妻木村文子の指示により、右覚せい剤を直接同人らの処分先の今城光男に対し大阪府泉南郡岬町岬公園ドライブイン岬において引渡すことになり、これを同月二三日午前零時ころ右ドライブイン岬の駐車場に持参したうえ同所で今城の使いである井上照子に引渡し、同女から代金の内金として二五〇万円を受領したことが認められる。

所論は原審証人野田開治の証言はこれを全般的にみると、尋問者を異にし、或いは原審の第二〇回公判と第二九回公判というように尋問期日を異にする場合に、その供述に前後くいちがいがあり、しかもくいちがう内容の各供述のそれぞれが具体的に明確な記憶に基づくかのようにもつともらしくなされている点が随所にみられること等に徴し、同証言自体一般的信用性の極めて乏しいものであり、前記認定に沿う供述部分もその例外ではないばかりでなく、殊に同証人が昭和四九年九月二二日と本件犯行日を限定してその日の午後七時ころ原判示プラザホテルにおいて被告人に対し覚せい剤約二〇〇グラムを譲渡したと供述する部分は、今城光男の検察官に対する供述調書謄本並びに証人木村文子、同嶋田芳恵、同嶋田光子の各原審証言により明白な被告人が今城光男との覚せい剤の取引のため和歌山県湯浅町の自宅から同月二三日午前零時ころ前記岬町岬公園に赴いた事実と両立し得ない関係に立つことが明らかであるから信用性が全くないと主張し、この点につき原判決が検察官および弁護人の主張に対する判断二、4において野田証言中の本件犯行日時を九月二二日と限定する点に万全の信をおくことができないとし、本件犯行日が九月二二日しかあり得ないとの弁護人の主張を排斥し、その日時にある程度の幅を持たせながらその供述内容の信用性を肯定できると説示した点を非難する。

しかし、原判示第二の事実のみならず、これを含めた原判示各犯行に関し供述している証人野田開治の原審第二〇回、第二九回、第三一回各公判における証言内容を同証人の当審公判廷における証言とも対比して仔細に検討すると、同証言の一般的信用性については、なるほど同証人の証言には証言日を異にするごとに所論が具体的に指摘するようにその証言内容に前後くいちがいがあり、そのいずれもが、具体的な記憶に基づくかのように述べられた部分やまた趣旨の一貫しないあいまいな部分も散見され、その限りでは信用性に問題があるとみられる部分も存することは否定できないけれども、この点については原判決が検察官および弁護人の主張に対する判断二、2において詳細に説示するとおり、比較的短期間に本件に関する分も含めて多数回の覚せい剤の密輸入を行つた同証人が、その犯行後一年半ないし二年ほど後になされた原審証言当時、月日の経過により或いは記憶の混同、拡散により、細部においては記憶違いや記憶のあいまいな点が存し、そのために所論のような証言自体の前後のくいちがいや不明確な証言部分が生ずることも十分考えられるところであつて、所論指摘のくいちがう内容のそれぞれについていずれも具体的に明確な記憶に基づくかのように述べられている点も証言の大筋に関するものではないから、直ちに同証人の証言の一般的な信用性を根本的に否定する事由とはならないばかりでなく、原判示第二の事実に関して同証人が溝口弘から返還を受けた覚せい剤粉末の売れ残り二袋約二〇〇グラムを、原判示ホテルプラザにおいて被告人に譲渡して換金を図つたとの事実は、同証人が一貫して証言し、しかもホテルプラザにおいて二〇〇グラムの覚せい剤を渡したのは一回だけで、その際被告人に、二四日に渡韓するから早く換金してほしいと頼んだこと、その翌日夕方被告人から内金の二五〇万円を受領したと供述しているのであるから、この点に関する同証人の証言には記憶の混同があつたとは考えられず、記録を精査し当審における事実の取調の結果に徴しても、同証人が殊更に被告人に不利益な虚偽の事実を述べたと疑う事由も見出せない。

そして前記認定のように、被告人は野田から急いで売捌いてほしいと依頼を受けて譲り受けた覚せい剤粉末約二〇〇グラムを早急に換金処分するため、和歌山市の中野昭吉方に電話で連絡した結果、同人または木村文子の指示により、右覚せい剤を持参して自動車で和歌山県と大阪府との境にある大阪府泉南郡岬町所在の岬公園の「ドライブイン岬」の駐車場に同年九月二三日午前零時ころ赴き、同所において大阪市都島区内から今城の使いとして自動車で来た同人の内妻井上照子に対し右覚せい剤を引渡したものであるが、証人木村文子の原審証言によれば、前記中野昭吉と被告人との間に右覚せい剤の取引に関し電話で三回連絡し、三回目は午後一〇時ころ木村が湯浅町の被告人方に電話をかけたというのであるから、被告人は所論のように和歌山県湯浅町の自宅から岬公園に赴いたものとみられるけれども、右事実は所論のように原判示第二の犯行日が九月二二日の午後七時ころであつたとしても、いわゆる被告人のアリバイを成立させる事由とはならないのである。すなわち湯浅町から岬公園までの自動車による所要時間について、被告人は原審公判廷(第三七回)において一時間半ないし二時間と供述しているけれども、当審公判廷においては、普通一時間半、夜間ならば一時間少々と供述し、当夜被告人の自動車に同乗して岬公園に同行したという原審証人嶋田芳恵の証言によると、当夜湯浅の自宅を夜の一一時ころ出て、岬公園に着いたのは一二時ころというのであるから、一時間余りとみるのが相当であり、また被告人は当審公判廷において、自宅からホテルプラザまでの所要時間は四時間ないし五時間というけれども、被告人の原審公判廷(第五五回)における供述によると、大阪市大淀区のホテルプラザから今城の住んでいた同市都島区のアパートまでは自動車で約一〇分といい、同アパートから岬公園に赴いた井上照子の検察官に対する供述調書謄本によると、自動車で夜一〇時ころ出かけて一二時ころ着いたというのであるから、同じ大阪市内のホテルプラザから岬公園までの所要時間は約二時間とみるのが相当であり、以上を綜合すれば、原判決も説示するとおり、当時自動車を利用していた被告人が九月二二日午後七時ころ大阪市大淀区内のホテルプラザで野田から覚せい剤約二〇〇グラムを受取り、同所から一旦和歌山県湯浅町の自宅にかえり、翌二三日午前零時ころ岬公園内のドライブイン岬に赴くことは時間的には十分可能であつたとみられるから、被告人が湯浅の自宅から岬公園に赴いた事実も野田の前記一貫した証言部分と両立し得ないものではない。そして記録を精査しても、所論指摘の本件犯行が九月二二日でしかあり得ないとの弁護人の主張を排斥した原判決の説示にも誤りがあるとはみられない。

そして被告人は捜査段階において本件犯罪事実を自白し、原審公判でも当初は営利目的の存在のみを争つていたところ、原審第一四回公判以降九月二三日午前零時ころ今城に対して覚せい剤約二〇〇グラムを渡したことは間違いないが、今城に渡した覚せい剤約二〇〇グラムは以前野田から譲り受けて中野に渡し売却方を依頼していた約四〇〇グラムの一部で、八月末か九月初めころ中野の都合により被告人が預つて自宅に保管していた分であり、九月二二日の午前中湯浅町の自宅に野田から、残つている覚せい剤を早く処分して金を持つて来てくれと電話があつたので、中野の指示で湯浅町の自宅から右約二〇〇グラムの覚せい剤を持つて今城との取引先である岬町に赴いたものである、旨弁解しているものであつて、被告人が右のように認否を変更した理由として供述するところは当初の認否の態様に照らし首肯し難く、また右弁解が何らの裏付けのないものであり、証人木村文子の原審証言に照らし信用し難いものであることは原判決が検察官および弁護人の主張に対する判断、二、3において詳細説示するとおりであつて、この点に関する所論にかんがみ記録並びに当審における事実の取調の結果に基づき検討しても、右原判決の説示には誤りは存しない。以上の点に照らすと、前記野田証人の一貫した証言部分の信用性を否定することはできず、その他所論にかんがみ検討してみても、原判決には所論のような誤りの点は存しない。論旨は理由がない。

原判示第三の事実についての控訴趣意第二点について、

論旨は、要するに、原判決は原判示第三の事実中において、被告人が「自分で、あるいは、他人を介して」原判示三菱銀行大阪支店で銀行保証小切手の発行を依頼した、と認定したが、その認定の理由中において、「右小切手発行依頼書の依頼人欄の筆跡が何人のものであるか、さらには被告人自身が当日銀行に赴いているか否かさえもこれを明らかにしえないところである」と説示し、証拠上自分で銀行に赴いたこともまた他人を銀行に行かせたことも共に認定できないとしているのであるから、それにもかかわらず原判示のように、「自分で、あるいは、他人を介して」同銀行で保証小切手の発行を依頼したと積極的に認定することはできない筈であるから、原判決には理由不備または理由のくいちがいの違法がある、というのである。

しかしながら、原判決が原判決書の検察官および弁護人の各主張に対する判断三、3中において、被告人が原判示第三記載のように野田開治から覚せい剤仕入れ資金の一部二九〇〇万円を渡されて、これを銀行保証小切手にすることの依頼を受け、銀行保証小切手二九通の発行を得たうえこれを同人に交付した事実を認定した理由として説示するところを仔細に検討すると、原判決は右銀行保証小切手についての小切手発行依頼書の依頼人欄の筆跡が被告人のものではないことが明らかであり、この点につき被告人が銀行員に代筆して貰つたという被告人の昭和五〇年二月五日付司法警察員に対する供述調書の供述部分もその信用性に疑問があるため、被告人自身が保証小切手の発行を依頼したが、右小切手発行依頼書の依頼人欄の記載を何らかの理由で銀行員が代筆したと断定することはできず、より可能性の存する場合として被告人が自分の知り合いの誰かをして代筆さしたことが考えられ、もし後者の場合とするとさらに被告人自身が当日銀行に赴かないで他の者を銀行に赴かせ、その者を介して右保証小切手の発行を依頼した可能性もあると認められるところから、被告人が自ら銀行に赴いて保証小切手の発行を依頼したのか、あるいは自ら銀行に赴かないで他人を介して右の依頼をしたのかのいずれかではあるがいずれとも確定できないという意味で「被告人自身が当日銀行に赴いているか否かさえもこれを明らかにしえないところ」であると説示したものであることは明らかであつて、所論のように被告人が自分で銀行に赴いたことも、他人を銀行にいかせたことも共に認定できないとして、その双方の可能性を否定したものとは到底解されないから、所論は原判決の右説示を正解しないで原判決を非難するものであつて、その前提を欠き論旨は理由がない。

原判示第三の事実についての控訴趣意第二点及び第一点について、

論旨は、要するに、原判決は原判示第三記載の野田開治らによる昭和四九年九月三〇日の関税逋脱の犯行に対する被告人の幇助行為として、原判示のように被告人が(イ)同月二一日ホテルプラザで野田から依頼を受け覚せい剤仕入資金の一部二、九〇〇万円を預り、これを銀行保証小切手にしたうえ同人に交付し、(ロ)同月二二日ころ同ホテルで野田から、「二四日に渡韓するから急いで売り捌いてほしい」旨依頼を受けて、覚せい剤約二〇〇グラムを代金三二〇万円の約束で譲り受け、その後これを処分したうえ同月二三日同ホテルでその代金内金二五〇万円を野田に交付した、との二点を認定して、被告人に野田らによる関税逋脱罪の幇助の罪責を肯定したが、

(一)、前記(イ)の被告人が野田から二、九〇〇万円を預り、これを銀行保証小切手にしたうえ同人に交付した事実は存在せず、少なくとも右事実の存在につき合理的な疑いをいれない程度の立証はなされていないことが明らかであり、(ロ)の被告人が野田から覚せい剤約二〇〇グラムを代金三二〇万円で譲り受けた事実自体が存在しないことは、原判示第二事実についての控訴趣意第一点で主張したとおりであるから、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があり、(ニ)被告人には野田らの関税逋脱の犯行につき、幇助犯成立に必要な幇助意思があつたということができず、単に密輸入の資金として利用されるかも知れないことを認識しながら、野田から依頼を受けて二、九〇〇万円を銀行保証小切手に換え、さらに同人から譲り受けていた覚せい剤を処分して、その代金を支払つたに過ぎない被告人の行為が仮りに社会通念上覚せい剤密輸入の幇助と認められるとしても、それが直ちに関税逋脱の幇助と認めることはできず、これを認めるには被告人が通関の際覚せい剤を隠匿するなどの関税逋脱の手段に関与したか、あるいはそのような行為について相談をなした場合でなければならないのに、右被告人の行為を関税逋脱の幇助行為と認め、関税逋脱の幇助犯の罪責を認めた原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認ないし法令適用の誤りがある。

というのである。

しかしながら、原判決挙示の関係証拠によれば、原判示第三の事実は被告人の幇助意思の点も含めて優に肯認することができ、所論にかんがみ記録並びに証拠物を精査し、当審における事実の取調の結果を併せて検討しても、原判決には所論のような誤りの点は存しない。

すなわち

論旨(一)について

まず論旨(一)(ロ)の被告人が野田から覚せい剤約二〇〇グラムを譲り受けた事実が存在しないという主張の理由がないことは、既に原判示第二の事実についての控訴趣意第一点に対する判断において説示したとおりである。(なお被告人は原審公判廷において、右覚せい剤をホテルプラザで譲り受けたことを否定するものの、野田の依頼により自宅に保管中の覚せい剤約二〇〇グラムを処分した代金の内金二五〇万円を今城光男の使いである同人の内妻井上照子から受け取り、これを同月二三日夕方ホテルプラザに持参して野田に交付したことを認めている。)

次に論旨(一)(イ)の被告人が野田から依頼を受け二、九〇〇万円を預りこれを銀行保証小切手にして同人に交付した事実が存在しないという主張については、所論は原判示認定に沿う証人野田開治の原審証言の信用性を否定するので、同証言の内容を同証人の当審における供述とも併せて仔細に検討すると、既に原判示第二の事実についての控訴趣意第一点に対する判断中において説示したように、同証人が細部において前後異なる供述をしている部分があるからといつても、同証言の一般的な信用性を根本的に否定すべき事由とはならないばかりでなく、同証人は原審各公判においても、当審公判廷においても、昭和四九年九月二一日の土曜日の午前中に当時投宿していた原判示ホテルプラザにおいて被告人に現金二、九〇〇万円を渡してこれを銀行保証小切手にすることを依頼し、その後被告人から三菱銀行大阪支店発行の原判示銀行保証小切手の交付を受けたことを一貫して明言しており、しかもその前後の状況についても具体的に述べている点に徴すれば、右明言する部分につき同証人が誤つた記憶に基づきもしくは殊更に虚偽の事実を述べているとは考えられず、その信用性をたやすく否定できないものであり、また前記の九月二一日は土曜日であり、前記銀行保証小切手の発行手続が午前中になされたものとみるほかはないから、所論指摘の同証人の検察官に対する昭和五〇年二月一七日付供述調書には、同証人が前記のように現金を銀行保証小切手に換えるため銀行に行つて貰つたのは九月二一日の午後である旨、前記証言とは異なる供述が細かな時間的順序を追つてなされた部分が存するからといつてそのことが、同証人の前記証言の信用性を根本的に否定する事由とはならないことは原判決が説示するとおりであつて、右説示に誤りがあるとは考えられない。

ところで被告人は司法警察員や検察官に対し、原判示のように野田から二、九〇〇万円を渡され、これを銀行保証小切手に換えることの依頼を受けて原判示三菱銀行大阪支店(以下単に銀行という)で額面一〇〇万円の銀行保証小切手の発行を依頼し、同小切手二九通の発行を得たうえこれを野田に交付した旨供述していたが、原審公判廷において右の事実を否定するに至つたところ、右小切手二九通の小切手発行依頼書(大阪高裁昭和五三年押第四五九号の九の三菱バンカーズ・チエツク発行依頼書、以下本件小切手発行依頼書という)の依頼人欄の筆跡が被告人のものと異なつており、この点に関する被告人の司法警察員に対する昭和五〇年二月五日付供述調書中の、被告人が書き損じたため銀行員に書いて貰つたことを思い出した旨の供述部分は、銀行の窓口で本件小切手依頼書を受け付け、その依頼人欄の記載を自己の筆跡ではないと供述している証人川端(旧姓大谷)泰永子の原審証言や昭和五二年六月一〇日付捜査復命書に照らし、さらに捜査段階で右被告人の供述部分の裏付捜査がなされていなかつたことを考え併せると、信用性にかなり疑問があることは原判決が検察官および弁護人の主張に対する判断三、3において説示するとおりである。しかしながら、本件小切手発行依頼書の依頼人欄の筆跡については右川端の証言によつても必ずしも他の銀行員の誰かが現実に代筆した可能性まで全く否定したものとまではみられないことや、証人野田が原審証言において、原判示ホテルプラザで被告人に現金二、九〇〇万円を渡して銀行保証小切手にすることを依頼した際、被告人が誰かを待たせていると言つた旨供述していることから窺えるように、被告人が銀行において知合いの誰かをして代筆させたこと、もしくは被告人自身が銀行に赴かないで知合いの者を赴かせ、その者を介して銀行で保証小切手の発行を依頼したことも考えられるので、本件小切手発行依頼書の依頼人欄の筆跡が被告人のものでないことが、原判示認定に沿う被告人の捜査官に対する供述調書及び前記野田証言の信用性を否定する事由とはならず、また右のことが、原判示のように被告人が野田から依頼を受けて自分で、あるいは他人を介して銀行で原判示銀行保証小切手の発行を得たうえこれを野田に交付した事実を認定することの妨げとはならない。右認定に反し所論に沿う被告人の原審及び当審各公判廷における弁解は原判決挙示の他の証拠に照らし措信できないから、論旨は理由がない。

もつとも、右のように被告人の弁解を排斥して本件小切手発行依頼書の依頼人欄の記載が前記川端以外の銀行員が代筆したことを認めるには、そのことが銀行における取扱上、極めて例外的な場合であるから、その代筆した銀行員の裏付供述が必要であると考えられるし、また被告人の本件小切手発行依頼書に基づく保証小切手の発行依頼につき他人の介在を推測することが前記証人野田の原審証言により可能としても、被告人がそのことを捜査段階においても供述していないのであるから、これを他の積極的な証拠なくして認定することは困難であり、殊に野田から二、九〇〇万円もの大金を渡されてこれを銀行保証小切手に換えることを依頼された被告人が、自らは銀行に赴かないでさらに知合いの誰かに右大金を渡して銀行に赴かせるということは、特段の事情がない限りたやすく認め難いといえるから、以上の点にかんがみると、所論のいうように、被告人が野田から二、九〇〇万円を預り、これを銀行保証小切手にして同人に交付した事実については、合理的な疑いを容れない程度の証明が十分でないというべきであるとも考えられる。

しかし、仮りに右の点の原判決の認定に誤りがあるとしても、前記のように被告人が野田から依頼を受けて覚せい剤約二〇〇グラムの早急処分換金方依頼を受けてこれを譲り受けて処分し、今城光男の内妻井上照子から受け取つた代金の内金二五〇万円をホテルプラザに持参して野田に交付した事実が認められ、右被告人の行為が後にも判断を示すように原判示第三記載の野田らの共謀による覚せい剤についての関税逋脱の犯行についての幇助意思に基づく幇助行為と認めることができるから、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかなものということができず、原判決破棄の理由とはならない。

論旨(二)について、

原判決挙示の関係証拠によると、被告人は野田開治から原判示のように現金二、九〇〇万円を銀行保証小切手にすることや覚せい剤の処分方を依頼された際、同人が近日中に渡韓し、右銀行保証小切手や右覚せい剤を処分した現金を用いて韓国内で覚せい剤を仕入れ、これを木彫置物に隠匿したものを同人やその共犯者中林数教らにおいて携行して航空機で本邦内に持込んだうえ、右覚せい剤を携行の荷物に隠匿していることを秘匿したまま通関し、右覚せい剤を密輸入してその関税を逋脱するものであることを認識しながら、これに加担して同人らの右犯行を容易ならしめる意思で右依頼に応じ、原判示のとおり銀行保証小切手の発行を得てこれを野田に交付し、また同人から譲り受けた覚せい剤を売却処分したうえ入手した現金を同人に交付したものであることが認められ、原判示第一の事実についての控訴趣意第二点に対する判断中でも示したように、被告人に右認定の程度の正犯の犯行に対する認識及び加担の意思があれば、被告人には関税逋脱犯の幇助意思を有するものと解するのが相当である。

したがつて、被告人は所論のいうように単に密輸入の資金として利用されるかも知れないことを認識しながら原判示幇助行為をしたものではなく、野田らが韓国で仕入れた覚せい剤を携帯荷物に隠匿して航空機により本邦に密輸入したうえその関税を逋脱するに至るものであることを認識し容認したうえで右行為をしたものであつて、原判決も右の意味で「予めその情を知りながら」と判示したものであるから、被告人の右行為が関税逋脱の幇助行為とはならないといつて原判決の法令適用の誤りを主張する所論はその前提となる事実を誤つて原判決を非難するものであつて理由がない。

なるほど所論のように覚せい剤密輸入罪と関税逋脱罪はそれぞれの構成要件が異なり、覚せい剤取締法一三条にいう輸入は覚せい剤を陸揚げして本邦内に運び入れる行為をいい、本件のように航空機による場合は空港到着によつて既遂となるというべきであるのに対し、関税法一一〇条の関税逋脱罪の場合は空港到着後覚せい剤を隠匿したまま通関し関税を逋脱することによつて成立するものと解せられるにしても、本件の場合、正犯者である覚せい剤の密輸入者は、覚せい剤を隠匿携行して税関線をも通過しない限り所期の目的を達することができず、関税逋脱の所為は覚せい剤密輸入の所為に引き続き必然的に随伴することが予定されているのであるから、被告人の行為は覚せい剤密輸入の幇助行為のほかに、右覚せい剤についての関税逋脱の幇助行為に該当するものであると解するのが相当であつて、所論のいうように後者の幇助行為を認めるにつき関税逋脱の手段に関与した場合等に限定すべき理由はない。

従つて各論旨はいずれも理由がない。

よつて刑事訴訟法三九六条、一八一条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

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